筋形成型オリゴ DNA による抗動脈硬化作用の検討
三好愛.
信州大学大学院 総合理工学研究科 農学専攻 先端生命科学分野.
Abstract
【背景、目的】動脈硬化に代表される血管障害は、日本人の死因の上位を占める心筋梗塞や脳梗塞の危険因子である。アテローム性動脈硬化では、粥状病変 (プラーク) において血管平滑筋が脱分化して過剰に増殖し、内膜肥厚と血管内腔の狭窄を惹起する。また、炎症反応が血管平滑筋の脱分化と遊走・増殖を引き起こす。さらに、プラーク内で起こる血管新生によってプラークが不安定化され、狭窄や梗塞の原因となる。したがって、血管平滑筋の分化と炎症の制御、血管新生の抑制は動脈硬化の予防や治療において重要な課題である。一方、メンケベルグ型動脈硬化では血管平滑筋が石灰化するが、このプロセスでは、骨分化に類似した遺伝子発現の変化が生じる。このような血管平滑筋の形質転換には、核タンパク質ヌクレオリンが関与していることが知られており [1-3]、ヌクレオリンの阻害は動脈硬化の予防や治療に有用であると考えられる。我々は最近、乳酸菌ゲノム配列に由来する18塩基の筋形成型オリゴ DNA (iSN04) が、ヌクレオリンを標的とするアプタマー (核酸抗体) として機能し、骨格筋分化を促進することを報告した [4]。さらに、iSN04 は筋芽細胞の炎症反応も抑制することがわかっている [5-7]。本研究では、血管平滑筋の分化と炎症、血管新生における iSN04 の作用を検討した。
【材料と方法】ラット大動脈平滑筋細胞株 A-10 を用いた。3-10 uMの iSN04 を添加した培地で4日間培養し、平滑筋の分化マーカーである平滑筋型アクチン (SMA) の免疫染色によって分化を評価した。さらに、30 uM の iSN04 を添加した培地で A-10 を24時間培養し、EdU 染色によって細胞増殖を定量した。iSN04 による抗炎症作用を検討するために、iSN04 を前処理した A-10 における TNF-α 依存的な炎症性サイトカインの発現を、qPCR で定量した。また、炎症性転写因子である NF-κB の細胞内局在と転写活性を、免疫染色とルシフェラーゼアッセイを用いて検討した。次に、iSN04 の血管新生に対する効果を検討するため、マウス大動脈輪アッセイを用いた。C57BL/6J マウスから大動脈を摘出して薄切し、コラーゲンゲルに包理した。その後、10-30 uM の iSN04 を添加した培地で培養し、6日目に血管新生領域を定量した。石灰化におけるiSN04の作用を検討するため、マウス前駆骨芽細胞株 MC3T3-E1 を用いた。10-30 uM の iSN04 添加培地で MC3T3-E1 を分化誘導し、48時間後にアルカリフォスファターゼ (ALP) 染色によって骨分化を評価した。
【結果】iSN04 を投与した A-10 では、細胞核あたりの SMA 蛍光強度が有意に上昇し、EdU 陽性細胞率が有意に減少した。また、iSN04 を前処理した A-10 では、TNF-α 刺激による炎症性サイトカイン (IL-6、IL-8、MCP-1) の発現誘導が有意に抑制された。さらに、iSN04 の前処理により TNF-α 依存的な NF-κB の核内移行が阻害され、NF-κB によって転写されるルシフェラーゼの活性が有意に抑制された。iSN04 を投与した大動脈輪では、血管新生領域が有意に減少した。これらの結果から iSN04 は平滑筋細胞の分化を促進して増殖を阻害し、また炎症反応や血管新生を抑制することがわかった。また、iSN04 を投与した MC3T3-E1 では ALP 活性が著明に減少したことから、iSN04 は骨分化を抑制することが示唆された。
【考察】iSN04 は血管平滑筋細胞の増殖を抑制し分化を誘導することが明らかになった。また、iSN04 は TNF-α 刺激による炎症性サイトカインの発現を抑制した。さらに、iSN04 の前処理により NF-κB の核内移行と転写活性が抑制されたことから、iSN04 は NF-κB 依存的な炎症反応を抑制することが示された。加えて、iSN04 がマウスの大動脈輪において血管新生を抑制したことから、狭窄や梗塞の原因となるプラークの成長と不安定化を抑制する効果が期待される。また、iSN04 は骨芽細胞の分化を阻害したことから、血管平滑筋においても石灰化を抑制することが推測される。本研究によって、iSN04 が平滑筋細胞の増殖と炎症反応、および血管新生を抑制することが明らかとなった。今後は、将来の臨床応用を目指し、iSN04 が血管新生を抑制する機序の解明や、動物試験によって動脈硬化における効果を in vivo で検討したい。細胞増殖、炎症、石灰化、血管新生など動脈硬化の発生と進展を促進する事象を抑制する iSN04 は、動脈硬化の治療、予防に貢献する核酸医薬品シーズとして期待される。
【参考文献】
- Fang et al., Int. J. Mol. Med., 43: 1597 (2019).
- Fang et al., J. Cell. Mol. Med., 24: 1917 (2020).
- Sun et al., J. Cell. Mol. Med., 25: 751-762 (2021).
- Shinji et al., Front. Cell Dev. Biol., 8: 616706 (2021).
- Nakamura et al., Front. Physiol., 12: 679152 (2021).
- Nihashi et al., Muscles, 1: 111-120 (2021).
- 山本万智, 信州大学農学部農学生命科学科専攻研究論文 (2022).