骨形成型オリゴ DNA が破骨前駆細胞に及ぼす影響の解析

骨形成型オリゴ DNA が破骨前駆細胞に及ぼす影響の解析

池田玲奈.

信州大学大学院 総合理工学研究科 農学専攻 先端生命科学分野.

Abstract

【背景と目的】ロコモティブ症候群は、日本人が要支援・要介護となる最大の要因であり、その三大疾患の一つである骨粗鬆症の克服は、健康長寿社会の実現に不可避の課題である。骨組織の恒常性は、骨形成と骨吸収のバランスによって維持される。骨芽細胞が分泌する RANKL を受容した前破骨細胞は、多核の破骨細胞へと分化して骨吸収を行う。一方、破骨細胞が分泌する RANK は、骨芽細胞の分化を誘導して骨形成を促進する。このように、骨分化と破骨分化は密接に関連しているが、骨粗鬆症では両者の均衡が崩れ、骨密度が低下する。したがって、破骨細胞の分化制御は、骨粗鬆症の予防や治療に重要であると考えられている。当研究室では最近、18塩基のオリゴ DNA (ODN)「iSN40」が、骨芽細胞の分化を TLR9 非依存的に促進することを見出した。iSN40 は骨粗鬆症の治療薬として期待されるが、破骨細胞に及ぼす影響は不明である。本研究では、破骨細胞の分化における iSN40 の作用を検証した。

【材料と方法】マウス単球/マクロファージ細胞株 RAW264.7 を RANKL 添加培地で培養し、破骨分化を誘導した。0.1-3 uM の iSN40 は分化誘導開始時より投与した。破骨細胞の分化を、TRAP 染色、および qPCR による破骨細胞マーカー遺伝子の発現定量によって評価した。iSN40 の CpG モチーフ (CG 配列) を GC に置換した GC-iSN40、iSN40 の類似配列 (iSN41-iSN47)、および TLR9 阻害剤 E6446 を用い、iSN40 が破骨細胞分化および炎症反応に作用する機序を検討した。

【結果】0.3 uM の iSN40 を投与した RAW264.7 細胞では、RANKL 依存的な破骨分化がほぼ完全に抑制され、同時に、著しい細胞数の増加を認めた。破骨細胞のマスター転写因子 Nfatc1、破骨細胞特異的プロテアーゼ Ctsk、破骨細胞融合に必須の膜タンパク質 Dcstamp の RANKL 依存的な発現誘導は、iSN40 によって有意に抑制された。Nfatc1 の転写機能を阻害する Irf8 の発現量は、day 5 において、RANKL の有無に関わらず iSN40 の投与で上昇した。同様に、マクロファージマーカーF4/80 (Adgre1) も、day 5 において iSN40 投与群で上昇した。

先行研究において、TLR9 依存的に炎症反応を誘導する CpG-ODN「CpG-2006」が、破骨分化を阻害することが報告されており (1)、本研究でも CpG-2006 の破骨分化抑制作用を認めた。一方、筋分化を促進する iSN04 (2) や、骨分化を促進する MT01 (3) には破骨分化抑制作用を認めなかった。TRAP 染色の結果、TLR9 阻害剤 E6446 の前処理によって、iSN40 と CpG-2006 の破骨分化抑制作用が解除された。また、iSN40 と CpG-2006 はともに、RAW264.7 細胞における炎症性サイトカイン Il1b の発現を誘導したが、これらの作用も E6446 処理群で抑制された。iSN40 の CpG モチーフを置換した GC-iSN40 は、RAW264.7 細胞の炎症反応を誘導せず、破骨細胞への分化も阻害しなかった。以上の結果から、iSN40 は CpG モチーフを介して TLR9 に認識され、RAW264.7 細胞の炎症反応を誘導する CpG-ODN として機能し、同時に破骨細胞分化を抑制することが明らかになった。iSN40 類似配列の中では、iSN40 と近い位置に CpG モチーフを有する iSN41 および iSN42 投与群で破骨分化が抑制されるとともに、Il1b の発現が誘導された。以上の結果から、iSN40 の機能には配列中の CpG モチーフの位置が重要であることがわった。

【考察】iSN40 と CpG-2006 は、TLR9 依存的に炎症反応を誘導するとともに、破骨細胞分化を抑制した。CpG-2006 には4つの CpG モチーフが存在するが、iSN40 は 5-6 塩基目、iSN41 は 4-5 塩基目、iSN42 は 3-4 塩基目の一か所にのみ CpG モチーフを有する。また、CpG モチーフを置換した GC-iSN40 では抑制効果が見られなかった。以上のことから、iSN40 の破骨分化抑制作用には CpG モチーフが重要であると考えられる。一方、TLR9 の阻害は CpG-2006 の破骨分化抑制作用を完全に解除したが、iSN40 は部分的なものにとどまった。このことは、iSN40 は TLR9 以外の経路にも作用し、破骨細胞分化を阻害している可能性を示唆する。Nfatc1 の負の調節因子である Irf8 の発現量が上昇するタイミングが Nfatc1 の発現量上昇のタイミングと異なるため、iSN40 は直接 Nfatc1 の発現を抑制しているることが推測される。今後、iSN40 が作用する分子メカニズムを明らかにするため、iSN40 の標的分子を明らかにしていきたい。本研究により、骨分化を促進する iSN40 が、TLR9 を介した破骨分化抑制作用を示すことが明らかになった。iSN40 による骨形成と骨吸収のバランス制御は、骨粗鬆症の新しい治療戦略として期待される。

【参考文献】

  1. Chang et al., (2009) Biochem Biophys Res Commun, 389, 28-33.
  2. Shinji et al., (2021) Front Cell Dev Biol, 8, 616706.
  3. Shen et al., (2012) Int J Mol Sci, 13, 2877-2892.