筋形成型オリゴ DNA による糖尿病患者筋芽細胞の分化の改善

筋形成型オリゴ DNA による糖尿病患者筋芽細胞の分化の改善

中村駿一.

信州大学 農学部 農学生命科学科 動物資源生命科学コース.

Abstract

【目的】糖尿病患者はしばしば骨格筋の委縮を併発する。骨格筋の恒常性は、筋芽細胞と呼ばれる前駆細胞の働きによって維持される。したがって、糖尿病性筋萎縮の一因として、筋芽細胞の機能障害が考えられる。我々は、高濃度グルコース (high glucose: HG, 25 mM) への持続的な暴露が、マウス筋芽細胞株 C2C12 の増殖や分化を減弱させることを明らかにしてきた。さらに、当研究室で同定した筋形成型オリゴ DNA である myoDN が、HG によって減弱した C2C12 細胞の筋分化を回復することを示した。本研究では、糖尿病に代表される糖濃度異常がヒト筋芽細胞の分化に及ぼす影響、および myoDN がこれらの筋芽細胞の分化能を改善するかを検討した。

【方法】健常者の筋芽細胞 (hMB) を通常グルコース濃度 (normal glucose: NG, 5.6 mM) または HG の増殖培地で6日間培養した後、NG または HG の分化培地で筋分化を誘導した。分化2日後に骨格筋の最終分化マーカーであるミオシン重鎖 (MHC) の免疫染色を行い、筋分化を定量した。同様の方法で、I型およびII型糖尿病患者の筋芽細胞 (hMBI および hMBII) の筋分化も定量した。myoDN (10 uM) は分化誘導開始時に分化培地に添加した。

【結果】NG/HG 培地で増殖・分化させた hMB の筋分化を定量した。増殖期に HG に曝露した群では、MHC 陽性細胞率が有意に減少していた。一方、分化培地の糖濃度は筋分化に影響しなかった。この結果、持続的な高糖濃度への曝露がヒト筋芽細胞の分化能を減弱させることが明らかになった。次に、hMB、hMBI、hMBII の筋分化を比較した。hMB と比べ、hMBI/hMBII ではともにMHC陽性細胞率が顕著に低下していた。さらに、myoDN がヒト筋芽細胞の分化を亢進するかを試験した。myoDN は、hMB と hMBI の MHC 陽性細胞率を有意に増加させた。また、myoDN は hMBII の筋分化もわずかに促進した。

【考察】本研究で、高糖濃度に暴露したヒト筋芽細胞や、糖尿病患者の筋芽細胞では筋分化が減弱することが明らかになった。このような筋分化能の低下が、糖尿病性筋萎縮の一因であると考えられる。また、糖尿病患者の筋芽細胞が、単離後の培養条件下においても分化能の低下を示すことから、長期間の代謝異常によるメタボリックメモリーの変化が筋分化に影響することが示唆された。我々は、C2C12 細胞を用いた研究で、持続的な高糖濃度への暴露が筋分化抑制因子マイオスタチンの発現を亢進することを明らかにしている。今後、糖尿病患者の筋芽細胞におけるメタボリックメモリーと遺伝子発現の関係を明らかにしていきたい。

また本研究では、myoDN が、糖尿病患者を含むヒトの筋芽細胞の分化を促進することが示された。myoDN は、糖尿病をはじめとする代謝性筋萎縮の予防や治療に有用であると考えられる。myoDN はI型糖尿病患者の筋芽細胞の分化を促進したが、II型に対しては効果が弱かった。I型糖尿病ではインスリン分泌がなく、II型糖尿病はインスリン抵抗性を呈する。インスリンは筋芽細胞の増殖・分化にも影響するため、今後は、インスリン存在下における myoDN の作用についても検討を進めていく予定である。