筋分化を誘導する乳酸菌オリゴ DNA の生体内作用の実証

筋分化を誘導する乳酸菌オリゴ DNA の生体内作用の実証

高谷智英.

信州大学農学部.

日本農芸化学会中部支部第182回支部例会 (津), 2018/06/09 (第15回農芸化学研究企画賞受賞講演).

はじめに

超高齢社会を迎えた日本では、平均寿命 (女性 87.1 歳、男性 81.0 歳) と健康寿命 (女性 74.8 歳、男性 72.1 歳) の乖離が大きく、本人の QOL の低下や、介護や医療保険などの深刻な社会・経済問題の一因となっている。要介護状態となる最大の理由の一つとして、運動器の障害 (ロコモティブ症候群) が挙げられる。中でも、加齢に伴う筋力・筋量の減少を加齢性筋委縮 (サルコペニア) といい、その予防法の確立が強く求められている。

骨格筋の恒常性は、骨格筋幹細胞が活性化した筋芽細胞 (筋前駆細胞) の増殖と分化によって維持されるが、加齢とともに筋芽細胞の分化能は減弱することが報告されている。そこで我々は、ロコモティブ症候群を予防する食品素材の開発を目的に、筋芽細胞の分化を亢進する生物活性物質をスクリーニングを行った。その結果、ヒト腸内に存在し、ヨーグルトにも利用される乳酸菌のゲノム配列に由来するオリゴ DNA が、極めて強力に筋分化を誘導することを発見した (国際特許出願中)。

本講演では、筋分化誘導型オリゴ DNA の作用と、その応用に向けた展望を紹介する。

myoDN の同定と作用

乳酸菌などの腸内細菌のゲノムに由来するオリゴ DNA は、その配列に応じて多彩な免疫調節作用を発揮することが知られている。しかし、非免疫系の組織や細胞に作用するオリゴ DNA の報告はなかった。我々は、乳酸菌 Lactobacillus rhamnosus GG のゲノム配列に由来するオリゴ DNA ライブラリを用い、マウス筋芽細胞に対する作用をスクリーニングした結果、骨格筋分化の最終分化マーカーであるミオシン重鎖の発現を強力に誘導する一連の新規オリゴ DNA を見出し、myoDN (myogenic oligodeoxynucleotide) と命名した。

myoDN の筋分化促進作用は熱変性によって失われることから、その活性には立体構造が重要であることが考えられた。myoDN はテロメア配列を有するが、分子シミュレーションによる構造解析の結果、このテロメア配列の一部が myoDN の活性に重要であることが示唆された。

また、生薬由来のアルカロイドであるベルベリンは、テロメア配列に結合して DNA の構造を変化させることが報告されている。実験の結果、ベルベリンは myoDN と結合し、その筋分化促進活性を顕著に増強することがわかった。現在、myoDN-ベルベリン複合体の構造活性相関、標的タンパク質、作用機序の詳細を解析中である。

myoDN の応用展開

骨格筋分化を強力に誘導する myoDN は、ロコモティブ症候群に対する予防効果を示す機能性食品素材としての活用が期待される。その他にも、食肉の増産に資する家畜飼料や、横紋筋肉腫に対する核酸医薬品としての応用可能性も検討しているので、以下に紹介する。

myoDN によるニワトリ筋芽細胞の分化誘導

世界人口の増加に伴い、食肉の生産量・消費量は年々増加している。ブロイラーなどの肉用鶏は鶏肉生産に特化した品種で、その筋芽細胞は活発な増殖・分化能力を示すが、鶏肉の増産のために、さらなる飼料要求率の改善が求められている。我々の実験では、マウス筋芽細胞に対する作用と同様に、myoDN はニワトリ筋芽細胞の分化を誘導することが明らかになった。一般的に、複数の動物種で活性を示すオリゴ DNA は少数だが、myoDN は哺乳類と鳥類という大きく離れた動物種で同様の作用を示した。myoDN は、家畜用飼料配合物として、ニワトリ、ウシ、ブタなどの食肉増産への貢献が期待される。

myoDN によるヒト横紋筋肉腫の増殖抑制

横紋筋肉腫は小児で最も頻度の高い軟部悪性腫瘍であり、治療法も確立されていない。横紋筋肉腫の一部は筋芽細胞が起源であることから、筋分化を誘導することで細胞周期を停止させることにより、肉腫の増殖・転移が抑制できると考えられている。複数のヒト横紋筋肉腫の培養細胞株に myoDN を投与した結果、いずれの株においても細胞増殖が抑制されることを認めた。また、myoDN 投与群では骨格筋マーカー遺伝子の発現量が上昇していた。myoDN には、横紋筋肉腫に対する新規核酸医薬としての可能性が期待される。

謝辞

本研究に多大なご協力を下さいました、信州大学菌類・微生物ダイナミズム創発研究センターの下里剛士先生、信州大学バイオメディカル研究所の梅澤公二先生、信州大学農学部の鏡味裕先生・小野珠乙先生、そして研究室の学生諸氏に心より感謝申し上げます。