マウスモデルを用いた筋形成型オリゴ DNA の抗横紋筋肉腫作用の研究

マウスモデルを用いた筋形成型オリゴ DNA の抗横紋筋肉腫作用の研究

山本万智.

信州大学大学院 総合理工学研究科 農学専攻 先端生命科学分野.

Abstract

【背景・目的】悪性腫瘍は上皮組織に発生する癌と非上皮性組織に発生する肉腫に区別される。希少疾病である横紋筋肉腫 (rhabdomyosarcoma; RMS) は、筋分化能を発現した中胚葉または間葉系組織に由来する肉腫であり、腫瘍の発生部位は全身に渡る。腫瘍形態と発生機序により胞巣型 (alveolar RMS; ARMS) と胎児型 (embryonal RMS; ERMS) の2つに大きく分類され、前者は染色体転座が、後者は遺伝子変異が原因だが、変異と臨床病理学的な特徴との相関が明らかになっておらず、詳細な発症経路は不明で特効薬もない。現在の RMS 治療は抗癌剤を流用し、外科手術・放射線治療を組み合わせている。高リスク患者の5年生存率は約30%で、この20年間改善していない。再発 RMS に至っては標準的治療が確立されておらず、化学療法の役割は限定的で緩和的治療となる。治療成績の向上には、RMS の特徴や形質を踏まえた特効薬の開発が必要である。

我々は、乳酸菌ゲノム配列に由来する18塩基の筋形成型オリゴ DNA (iSN04) が、ヌクレオリンを標的とするアプタマー(核酸抗体)として機能し、骨格筋分化を促進することを報告した [1]。癌腫瘍で異常発現するヌクレオリンは、癌細胞の増殖やアポトーシス回避を担っており [2]、癌細胞の治療標的である。ヌクレオリンは RMS でも高発現することから [3]、先行研究において、iSN04 の 抗RMS作用を in vitro で検討した結果、iSN04 は複数の ERMS 細胞株で増殖を抑制し筋原性遺伝子の発現を誘導することを認めた [4]。そこで本研究では、iSN04 の抗RMS効果を in vivo で検討した。

【材料および方法】株式会社 NATiAS が合成した iSN04 (iSN04-NAT) を用いた。iSN04-NAT は、複数の塩基が連結したブロックを一単位として結合させる Blockmer 法により、効率良く大量に合成できる。対照には、塩基を一つずつ結合させていく従来法で合成された iSN04 (iSN04-GD) を用いた。iSN04-NAT と iSN04-GD の in vitro での活性を、ERMS 細胞株 RD を用いて二次元 (2D) 培養での細胞増殖と、三次元 (3D) 培養での腫瘍塊の増大を指標に比較した。

iSN04-NAT の in vivo での抗RMS作用をヌードマウス (BALB/cSlc-nu/nu) を用いた異種移植モデルで試験した。無血清 RPMI 1640 培地 100 ul に懸濁した RD 細胞 (1.0×107 cells) をマウスの右体幹部皮下に注射した (day 0)。週に3回、体重と腫瘍径を測定し、腫瘍径から推定腫瘍体積 ((長径)×(短径2)×0.5) を算出した。腫瘍を移植して2週間後 (day 14) にマウスを2群に分け、腫瘍近傍 5 mm にPBS (100 ul) または iSN04 (1 mg/100 ul) を週3回、3週間 (day 14-35) に渡って皮下注射した。Day 35 に解剖し、血液、腫瘍、注射部位の皮膚を採取した。腫瘍と皮膚は OCT コンパウンドで封入し、凍結組織切片を作成してヘマトキシリン-エオシン (HE) 染色した。

【結果】iSN04-NAT と iSN04-GD はともに、2D培養では、投与48および72時間後の細胞数を有意に抑制し、3D培養では、腫瘍塊の形成やサイズの増大を抑制した。iSN04-NAT と iSN04-GD が同等の作用を示したことから、合成法の違いによる活性の差異はないことが確認できた。

動物試験の肉眼的所見では、iSN04 投与開始以降に腫瘍が縮小し、最終的には体表から腫瘍の視認が困難になった。推定腫瘍体積と腫瘍重量も iSN04 群で有意に減少した。腫瘍切片の HE 染色の結果、PBS 群では腫瘍細胞に特徴的な歪な核が観察され、細胞密度の高い腫瘍であることがわかった。一方 iSN04 群では、正常細胞に似た円形の核と、エオシン陽性の細胞質の部分が少ない小さな細胞が観察された。実験期間を通して、体重の変化率に差はなく、解剖時の肉眼的所見では臓器異常も見られなかった。しかし、iSN04 群では注射部位の表皮が乾燥様に硬化し、day 28 以降は注射痕の治癒が遅延して瘢痕が残った。

【考察】本試験では iSN04 を高濃度かつ腫瘍近辺へ直接投与したが、マウスの生存率に影響を与えることなく iSN04-NAT が抗RMS効果を示すことを明らかにした。HE 染色において iSN04 群で核の形や細胞密度が変化したことから、iSN04 の抗RMS作用は、免疫細胞などによる腫瘍細胞への攻撃に由来するのではなく、RMS 細胞の形質転換の誘導によるものと考えられる。今後、iSN04 の臨床応用に向け、投与濃度や期間の検討、ドラッグデリバリーシステムの確立、安全性の検証、作用機序の解明などが必要である。製造効率の高い Blockmer 法で合成された iSN04-NAT は、製薬を想定した大量生産が可能であることから、RMS に対する核酸医薬品シーズとして期待される。

【参考文献】

  1. Shinji et al., Front. Cell Dev. Biol., 8: 616706 (2021)
  2. Jia et al., Life Sci., 186: 1-10 (2017)
  3. Willmer et al., Am. J. Cancer Res., 11: 5680–5700 (2021)
  4. Nohira et al., Biomedicines, 10: 2691 (2022)