骨格筋芽細胞の増殖・分化を制御する分子群の同定

骨格筋芽細胞の増殖・分化を制御する分子群の同定

高谷智英.

信州大学大学院総合医理工学研究科.

第20回日本抗加齢医学会 (東京), 2020/09/27 (研究奨励賞受賞講演).

Abstract

超高齢社会を迎えた我が国では、ロコモティブ症候群による運動機能の低下が、健康寿命を阻害する大きな要因として注目を集めている。中でも骨格筋の萎縮は、高齢者だけではなく、がんや代謝性疾患の患者も高頻度で合併し、その予後に影響する危険因子であることが明らかになってきている。筋萎縮の予防・治療法の開発は、健康長寿社会を実現するために不可避の課題である。筋組織の恒常性は、筋芽細胞 (筋前駆細胞) の増殖と分化によって維持されるが、そのアクティビティは加齢や疾患によって減弱する。我々は、筋芽細胞の増殖・分化を制御する化合物や内因性因子を同定し、筋萎縮の克服に資する創薬シーズや治療戦略を提案したいと考えて研究を続けている。

筋分化を指標としたハイスループット・スクリーニングによって、筋芽細胞の分化を著明に誘導する18塩基のオリゴ DNA を同定した。テロメア様配列をコアとするこの筋形成型オリゴ DNA (myoDN) は、分化能が悪化した糖尿病患者の筋芽細胞や、がん細胞の分泌物に曝露した筋芽細胞の分化を回復したことから、代謝性筋萎縮やがん悪液質 (カヘキシー) に対する応用が期待される。さらに、分子シミュレーションによって myoDN の配列-構造-活性相関を明らかにし、筋分化促進作用を保持しつつ、配列を12塩基にまで短縮することにも成功している。

また、活発な筋形成を示すブロイラー (肉用鶏) をモデルとした遺伝子発現解析からは、筋芽細胞の増殖・分化に寄与すると推測される因子群を同定した。その中の一つ、オピオイドペプチドとして知られるエンケファリンには、筋芽細胞の増殖を抑制する機能があることを見出した。5アミノ酸からなるエンケファリンは、内因性のもの以外にも、同様のペプチドが様々な食品中に存在することが知られている。これは、食事から摂取されるオピオイド様ペプチドも筋組織の恒常性に影響する可能性を示唆する。

本講演では、これらの研究について最近の取り組みを含めて紹介するとともに、今後の展開についても言及したい。