ロコモティブ症候群の予防に有益な機能性分子の探索

ロコモティブ症候群の予防に有益な機能性分子の探索

高谷智英1,2, 進士彩華1, 下里剛士1,2,3.

  1. 信州大学農学部.
  2. 信州大学バイオメディカル研究所.
  3. 信州大学菌類・微生物ダイナミズム創発研究センター.

平成28年度長野県看護大学看護研究集会 (駒ケ根), 2017/03/17 (ポスター).

Abstract

超高齢社会では、加齢性の骨格筋委縮を主徴とするサルコペニアやロコモティブ症候群が急増しており、寝たきりの原因として大きな問題となっている。また近年の研究から、骨格筋の委縮は心不全の予後の独立した危険因子であるなど、運動機能の増進が様々な疾患の治療や予防にも重要であることが明らかになりつつある。多くの高齢者が自立した生活を送る健康長寿社会を実現するには、生涯に渡って筋力や筋量を維持していくことが不可欠である。加齢に伴う筋委縮の予防には、食事を介して筋肉に有益な分子を摂取するといった、日常的かつ長期的な取り組みが有効であると考えられており、安全で安価な機能性分子が求められている。

骨格筋は、衛星細胞と呼ばれる骨格筋幹細胞の増殖と分化によって再生され、組織としての恒常性が保たれている。老化が進行すると、筋組織中の衛星細胞の数が減少し、また、個々の衛星細胞の再生能力も低下する。衛星細胞の老化を抑制したり、再生能力を活性化する機能性分子を探索・同定することは、加齢性の筋委縮に対する新しい予防戦略の提唱につながると期待されている。

我々は、マウス骨格筋から採取した衛星細胞を初代培養して得られた筋芽細胞を用い、骨格筋分化に作用する天然成分をスクリーニングする系を確立した。コラーゲンコートした 96 穴プレートで培養した筋芽細胞に、各種化合物や食品抽出物を添加した後、筋分化を誘導する。24~48 時間後に、免疫染色によって骨格筋の最終分化マーカーであるミオシン重鎖を、DAPI 染色によって細胞核を可視化する。イメージアナライザーを用いて、画像の撮影と解析を自動的に行い、筋分化効率と細胞増殖をハイスループットで定量することで、筋芽細胞に対する多種多様な分子や成分の作用を効率的に検討することが可能である。このスクリーニング系によって、我々はこれまでに、リノール酸やリシノール酸などの脂肪酸が筋分化を抑制することや、ウコンに含まれるポリフェノールの一種であるクルクミンが筋分化を促進することを見出している。

クルクミンはヒストンアセチル化酵素である p300 を特異的に阻害することで、抗がん作用や抗炎症作用を示すことが知られている。心臓では、p300 は転写因子 GATA4 をアセチル化することで活性化し、心不全を増悪させる。心疾患モデルマウスにクルクミンを投与して p300 の活性を阻害すると、GATA4 のアセチル化が抑制され、結果として心不全の進展が抑えられる。我々は、クルクミンは、骨格筋においても同様の分子機構に作用しているのではないかと考え、実験を行った。

筋芽細胞の分化における GATA4 の発現を定量した結果、GATA4 は増殖期の未分化な筋芽細胞で強く発現し、筋分化に伴って発現量が減少することが明らかになった。GATA4 を過剰発現もしくは欠損した筋芽細胞における遺伝子発現の網羅的な解析から、GATA4 は筋芽細胞の増殖を促進して筋分化を抑制することが示された。野生型 GATA4 を過剰発現させると筋芽細胞は全く筋分化しなかったが、p300 によってアセチル化される残基を置換した変異型 GATA4 を過剰発現させた筋芽細胞は正常に筋分化した。すなわち、GATA4 の筋分化抑制作用には、p300 によるアセチル化が必要であることがわかった。次に、GATA4 を過剰発現する筋芽細胞にクルクミンを投与したところ、GATA4 によって阻害されていた筋分化能が回復した。以上の結果から、クルクミンは p300 の阻害を介して GATA4 のアセチル化を抑制し、筋芽細胞の筋分化を亢進することが示唆された。今後、クルクミンを動物に投与する実験を行い、クルクミンの筋分化促進作用が加齢性の筋委縮に及ぼす影響を検討していく。

また我々は、最近のスクリーニングから、ヨーグルトにも利用されている乳酸菌 Lactobacillus rhamnosus GG のゲノムに由来するオリゴ DNA(ODN)が、筋分化を著明に促進することを新たに見出した。ODN は、微生物のゲノムなどに由来する短い DNA で、化学合成することも容易である。ODN は優れた免疫機能を有する核酸素材として、医療や食品の分野で研究が進んでいる。これまで、ODN が免疫系を制御するメカニズムが明らかにされてきたが、免疫系以外の組織や細胞を標的とする ODN の報告はなかった。今回の発見は、骨格筋に作用する ODN の初めての例であり、ODN の新たな生理機能と応用可能性を示した意義は大きい。既に我々は、一部の配列が異なる ODN 群のスクリーニングから、筋分化作用の中核と予想されるコア配列を見出している。今後、さらにスクリーニングを進めることで、強力に筋分化を促進する最適な ODN 配列を決定していく。ヒト腸内に存在する乳酸菌のゲノム DNA 配列に由来する ODN は、ロコモティブ症候群やサルコペニアなどの筋疾患に予防効果を示す核酸素材として、臨床に応用されることが期待される。

我々は今後も、筋芽細胞を用いたスクリーニングを継続し、加齢性筋疾患の治療や予防に有用な機能性分子を探索していく。本研究により、ロコモティブ症候群に対する新たな疾患対策ができればと考えている。