軟骨細胞分化における骨形成型オリゴ DNA の作用
木村智勇.
信州大学大学院 総合理工学研究科 農学専攻 先端生命科学分野, 2026/02/03.
Abstract
【目的】運動器の障害によって移動機能が低下した状態をロコモティブ症候群 (運動器症候群) という。ロコモティブ症候群が進行すると日常生活に支障をきたし、要介護および寝たきりにつながる。その主な原因疾患の一つとして変形性関節症が挙げられる。変形性関節症は、力学的要因や生物学的要因によって関節軟骨が変性し、関節周囲骨の変化や滑膜炎症によって、歩行などの日常動作に影響を及ぼす疾患である。現在、変形性関節症の治療として、非薬物療法・薬物療法・外科的治療法があるが、これらの多くは炎症や疼痛の緩和を目的とした対症療法であり、疾患の根本的な治療法は確立されていない。近年、自家培養軟骨移植術などの再生医療の適応が進んでいるが高価であり、すべての患者が受けられる治療ではない。そのため、間葉系幹細胞 (MSC) などを用いた、より効率的な軟骨形成技術の開発が求められている。
我々は、乳酸菌ゲノム配列に由来する18塩基の骨形成型オリゴ DNA (iSN40) が、マウス骨芽細胞株の骨分化を促進することを報告した[1]。軟骨細胞は、骨細胞と同様に MSC から分化し、両者には共通して BMP シグナルが関与する。このことから、iSN40 は骨分化に加えて軟骨分化を促進することが期待される。一方、iSN40 の骨分化促進作用はマウス細胞でしか検証されておらず、ヒト細胞に対する効果は不明である。
本研究では、軟骨再生療法への iSN40 の応用を目指し、マウス軟骨前駆細胞の軟骨分化、およびヒト MSC の骨分化と軟骨分化に対する iSN40 の作用を検討した。
【方法】マウス軟骨前駆細胞株 ATDC5 に insulin および iSN40 を投与して分化誘導し、軟骨基質である酸性ムコ多糖とコラーゲンを Alcian blue および Sirius red で染色して、軟骨分化を評価した。また、軟骨分化関連遺伝子の発現量を qPCR で定量した。さらに、様々な濃度の iSN40 を ATDC5 に投与し、軟骨分化に対する影響を検討した。
ヒト骨髄由来間葉系幹細胞 (hMSC) に iSN40 を投与して骨分化を誘導した。細胞外マトリクスに沈着したカルシウムを Alizarin red で染色し、骨基質の形成を評価した。
CpG 配列を有する iSN40 の骨分化促進作用の TLR9 依存性を検討するため、ヒト単球細胞株 THP-1 に iSN40 を投与し、炎症関連遺伝子の発現を qPCR で定量した。
hMSC をペレット状に培養し、TGF-β3 および iSN40 を投与して軟骨分化を誘導した。22日後、ペレットをパラフィンで包埋し、切片をヘマトキシリン-エオジン (HE)、Alcian blue および抗II型コラーゲン抗体で染色して軟骨分化を評価した。
【結果】Insulin 存在下では、iSN40 は ATDC5 の酸性ムコ多糖とコラーゲンの発現を有意に増強した。iSN40 の CpG 配列を GC と置換した iSN40-GC でも同様の作用を認めた。一方、insulin 非存在下では、iSN40 は軟骨分化に影響しなかった。Insulin と1 uM から 30 uM の iSN40 を投与して軟骨分化を誘導した結果、iSN40 の軟骨分化促進効果は濃度依存的ではないことが明らかとなった。qPCR の結果、iSN40 は単体で軟骨分化に必須の転写因子である Sox9 の発現を増加させた。また、iSN40 と insulin の併用は、軟骨基質遺伝子であるアグリカン (Acan)、II型コラーゲン (Col2a1)、X型コラーゲン (Col10a1) の発現を有意に上昇させた。以上の結果から、iSN40 は insulin 依存的かつ TLR9 非依存的にマウスの軟骨分化を促進することがわかった。
次に、hMSC の骨分化に対する iSN40 の効果を検討した。iSN40 は骨分化の指標となるカルシウムの沈着を有意に促進し、hMSC の骨分化を促進することが示唆された。一方、iSN40 は THP-1 における炎症関連遺伝子 (TNF, CCL2) の発現に影響しなかった。以上の結果から、iSN40 は ヒト TLR9 に認識されず、TLR9 非依存的にヒトの骨分化を促進することがわかった。
最後に、hMSC の軟骨分化に対する iSN40 の効果を検討した。iSN40 と TGF-β3 を投与して hMSC の軟骨分化を誘導した結果、Alcian blue 陽性のペレットが形成されたが、各群に顕著な差を認めなかった。免疫染色では、iSN40 の単体投与群、および iSN40 と TGF-β3 の併用投与群ではII型コラーゲンが染色されたが、対照群と TGF-β3 単体群では染色を認めなかった。以上の結果から、iSN40 は単体で hMSC の軟骨分化を促進することが示唆された。
【考察】本研究で、iSN40 が ATDC5 の insulin 依存性軟骨分化を促進することが明らかとなった。iSN40 単体では Sox9 の発現が上昇するが、軟骨形成は促進されないことから、iSN40 は、insulin シグナルを増強することで軟骨分化を促進する、もしくは insulin シグナルによって誘導された軟骨細胞の基質形成を増強している可能性が示唆された。iSN40 の CpG 配列を GC に置換した iSN40-GC も、ATDC5 の insulin 依存的な軟骨分化を促進した。iSN40-GC は TLR9 に認識されないことから、iSN40 の軟骨分化促進作用は TLR9 非依存的であることが強く示唆された。
本研究ではさらに、iSN40 のヒト細胞に対する作用を検討した。iSN40 は、マウス骨芽細胞と同様に hMSC のカルシウム沈着を促進することが明らかとなった。iSN40 は、マウスとヒトで共通の分化制御機構を介して骨分化を促進したと考えられる。一方、iSN40 は THP-1 細胞における炎症関連遺伝子の発現を誘導しなかったことから、iSN40 は ヒトの TLR9 に認識されず、炎症を惹起せずに細胞分化を制御する、安全性の高い分子であると考えられる。
さらに iSN40 は、hMS Cの軟骨分化においてもII型コラーゲンの発現を増加させ、マウスのみならずヒトの軟骨分化も促進することが明らかになった。
骨分化と軟骨分化を促進する iSN40 は、変形性関節症をはじめとするロコモティブ症候群の予防や治療における新規核酸医薬シーズとして期待される。今後、iSN40 の作用機序の解明を進め、実用化に繋げていきたい。
【参考文献】
- Nihashi et al., Nanomaterials 12:1680 (2022).

