抗ヌクレオリンアプタマーの腫瘍細胞増殖抑制作用の検討

抗ヌクレオリンアプタマーの腫瘍細胞増殖抑制作用の検討

平林ゆり.

信州大学大学院 総合理工学研究科 農学専攻 先端生命科学分野.

Abstract

【背景・目的】治療技術や治療薬の開発・発展により、悪性腫瘍患者の生存率は向上してきているが、抗がん剤の強い副作用や、腫瘍の薬剤耐性の獲得など、治療を困難とする課題は残っている。また、再発性・転移性を示す高悪性度の腫瘍は、放射線療法や標準的な抗がん剤に対して耐性を持つことが多く、効果的な治療薬の開発が求められている。

癌、肉腫、癌肉腫は、発生部位や形質の違いで分類される異なる種類の悪性腫瘍である。癌は上皮性組織から発生する、最も一般的な悪性腫瘍であり、日本人の2人に1人は生涯で癌と診断される [1]。一方で、肉腫および癌肉腫は、その希少性と悪性度の高さ、サブタイプの多さなどから、研究や治療薬開発は癌に比べて遅れており、適応される治療薬も選択肢が少なく、効果も限定的である [2-3]。

当研究室で同定された抗ヌクレオリン DNA アプタマー iSN04 [4] は、腫瘍の発生・増殖・移動・悪性形質転換に重要な役割を持つとされる、多機能性タンパク質ヌクレオリン [5] を標的とし、その機能を阻害する。さらに、様々な腫瘍でヌクレオリンの高発現が報告されており、ヌクレオリンは腫瘍治療の標的として注目されている。

先行研究にて、横紋筋肉腫における iSN04 の抗腫瘍作用が in vivo および in vitro で確認されたことから [6-7]、iSN04 は、悪性度が高く、治療困難な腫瘍細胞の成長を抑制することが期待される。そこで、本研究では、子宮平滑筋肉腫 (uterine leiomyosarcoma; ULMS)、子宮癌肉腫 (uterine carcinosarcoma; UCS)、骨肉腫 (osteosarcoma; OS)、大腸癌 (colorectal cancer; CRC) の異なる組織由来の複数の細胞株を用い、多様な悪性腫瘍における、iSN04 の抗腫瘍作用を検討した。

【材料および方法】実験に用いた腫瘍細胞株は全てヒト由来である。ULMS は子宮由来の SKN と卵巣由来の RKN、UCS は子宮体部由来の EMTOKA、OS は骨芽細胞型サブタイプの MG-63 と SaOS-2、CRC は結腸腺癌由来の LoVo と DLD-1 を用いた。まず、ULMS および UCS 細胞株のヌクレオリン発現と局在を免疫染色により確認した。次に、各細胞株の大きさや増殖速度に応じて、播種からコンフルエントになるまでに4-5日程度を要する細胞密度を検討した後、iSN04 による細胞増殖抑制作用は、各細胞株を24ウェルプレートに播種した翌日に iSN04 を 3-30 uM 投与し、数日後に血球計測版を用いて細胞を計数することで検討した。また、ULMS と UCS の細胞株においては、平滑筋に関する遺伝子発現を確認するために、各細胞株の RNA 抽出液から cDNA を作製し、平滑筋分化マーカーである平滑筋型アクチン (ACTA2)、アクチン細胞骨格の調節因子のトランスジェリン (TAGLN)、収縮制御タンパク質のカルデスモン (CALD1) の発現を、qPCR で定量した。

【結果】SKN、RKN、EMTOKA では、ヌクレオリンが特に核小体に強く局在することが分かった。

各細胞株における iSN04 の細胞増殖抑制作用は、SKN (ULMS)、MG-63 および SaOS-2 (OS)、LoVo および DLD-1 (CRC) で、iSN04 と同量の PBS を投与した対照群と比較して、有意な細胞増殖抑制作用が確認されたが、RKN (ULMS) と EMTOKA (UCS) では確認できなかった。

SKN、RKN、EMTOKA の平滑筋に関する遺伝子発現の定量結果は、ACTA2TAGLNCALD1 の全てで、SKN 以外の2種の細胞株では、SKN と比較して発現レベルが非常に低いか、発現が確認できなかった。

【考察】ULMS と UCS では、細胞株間で iSN04 の抗腫瘍作用に大きな差が出た。先行研究にて、横紋筋肉腫細胞株 RD に対して iSN04 が腫瘍細胞の筋肉分化を促進することで細胞増殖を抑制していることから、腫瘍細胞に残る筋肉形質の違いが iSN04 の作用と関連していると仮定し、3株の平滑筋に関する遺伝子発現量を定量した結果、SKN が他2種の細胞株より強く筋肉形質を持っていた。したがって、子宮と付属器における悪性腫瘍においては、腫瘍細胞に残る筋肉形質の強度が iSN04 の作用を左右すると考えている。

OS では、骨形成タンパク質である BMP2 が過剰発現しており、BMP2 発現の阻害は OS 細胞の増殖と浸潤を阻害することが示されている [8]。iSN04 は、マウス骨芽細胞株 MC3T3-E1 の BMP2 依存的な初期骨分化と石灰化を阻害することから [9]、OS における iSN04 の抗腫瘍作用のメカニズムは、ヌクレオリン阻害による BMP シグナル経路の抑制に基づく可能性が考えられる。

遺伝子発現解析により CRC は4つのサブタイプ (consensus molecular subtypes; CMS) に分類され、LoVo と DLD-1 は、免疫系が活性化され、低分化度を示す CMS1 に分類される [10]。一般的に分化度の低さは悪性度の高さと相関し、iSN04 が悪性度の高い CRC に作用することが分かった。今後は、より未分化な型や、逆に上皮性が強い型で作用を検討し、iSN04 の悪性腫瘍に対する作用やメカニズムを明らかにする必要がある。

【参考文献】

  1. 国立研究開発法人国立がん研究センター, がん最新統計 (2020年データ).
  2. Tian, Z., et al., Front. Pharmacol. 14: 1199292 (2023).
  3. Kollár, A., et al., Cancer Epidemiol. 63: 101596 (2019).
  4. Shinji, S., et al., Front. Cell Dev. Biol. 8: 616706 (2021).
  5. Berger, C. M., et al., Biochimie 113: 78-85 (2015).
  6. Nohira, N., et al., Biomedicines 10: 2691 (2022).
  7. 山本万智, 修士論文 (2024).
  8. Chen, X., et al., Oncol. Lett. 17: 5389-5394 (2019).
  9. 松島もも, 専攻研究論文 (2025).
  10. Ros, J., et al., Curr. Treat. Options Oncol. 22: 113 (2021).