筋形成型オリゴ DNA の糖尿病性筋芽細胞への応用
中村駿一.
信州大学大学院 総合理工学研究科 農学専攻 先端生命科学分野.
Abstract
【背景・目的】糖尿病患者がしばしば併発する筋萎縮は、死亡リスクを高めることが報告されている。生活習慣が乱れがちな現代社会において、糖尿病による筋萎縮の発症機序の解明と治療法の確立は喫緊の課題である。骨格筋は、筋芽細胞と呼ばれる筋前駆細胞の増殖と分化によって恒常性が維持されている。したがって、糖尿病による筋芽細胞の分化抑制が筋萎縮に寄与していることが考えられる。
当研究室では筋芽細胞の分化を促進する18塩基のオリゴ DNA、iSN04 を同定した。iSN04 は筋芽細胞内に取り込まれ、多機能タンパク質 nucleoln に直接結合するアプタマーとして働く。本研究では、糖尿病、およびその病態を模した高濃度のグルコースや脂肪酸が筋芽細胞の分化に及ぼす影響を検討し、糖尿病依存的な筋萎縮の発症機序の解明を目指した。また、糖尿病性筋芽細胞に iSN04 を投与し、筋分化を促進するか検討した。さらに iSN04 のより詳細な作用機序の解明を試みた。
【方法】健常者 (26歳男性 [h26M]、35歳女性 [h35F]、35歳男性 [h35M])、I型糖尿病 (T1DM) 患者 (81歳男性 [I89M]、89歳女性 [I89F])、およびII型糖尿病 (T2DM) 患者 (68歳男性 [II68F]、85歳女性 [II85F]) から採取された市販の筋芽細胞を用いた。各筋芽細胞を分化誘導して筋分化能を比較した。次に、筋芽細胞を 1-30 uM の iSN04 を添加した分化培地で培養し、筋分化が促進されるかを検討した。さらに、グルコースやパルミチン酸 (Palm) が筋分化に及ぼす影響を調べた。マウス筋芽細胞株 C2C12 を通常濃度 (NG, 5.6 mM) または高濃度 (HG, 25 mM) のグルコースを含む培地で培養した。また、h35M 筋芽細胞を 600 uM の Palm を含む分化培地で培養した。HG または Palm に曝露した筋芽細胞を 3-10 uM の iSN04 を添加した分化培地で培養し、筋分化が促進されるかを検討した。骨格筋の最終分化マーカであるミオシン重鎖(MHC)の免疫染色によって筋分化を、定量的PCRによって遺伝子発現を比較した。
最後に、iSN04 のより詳細な作用機序の解明を試みた。Nucleolin のアプタマーとして、26塩基のオリゴ DNA である AS1411 が知られている。h35F 筋芽細胞に 30 uM の iSN04 または AS1411 を投与し、免疫染色によって筋分化の定量と、nucelolin の局在の変化を調べた。また、nucloelin は p53 の mRNA 非翻訳領域に結合し、その翻訳を抑制することが報告されていることから、h35F 筋芽細胞に 30 uM の iSN04 または AS1411 を投与し、p53 のタンパク質量をウエスタンブロットで定量した。
【結果・考察】分化2日目において、T1DM 筋芽細胞は健常者と比べて分化能が低下していなかったが、T2DM 筋芽細胞はそれぞれ、どの健常者の筋芽細胞よりも MHC 陽性率が有意に低下していた。T2DM 筋芽細胞では、筋分化の指標である MyoD と Pax7 の発現量比が低下しており、筋分化型の遺伝子発現パターンへのシフトが遅延していることが示された。また T2DM 筋芽細胞は健常者と比べて IL-1β と IL-8/CXCL8 の発現量が高い傾向にあった。単離後の培養条件下において、T2DM 筋芽細胞は健常者と比べて分化能が低下しており、その要因の一つが IL-1β と IL-8 であることが示唆された。次に、各筋芽細胞に iSN04 を添加したところ、h26M と II68M 以外の筋芽細胞において、iSN04 によって MHC 陽性率と筋管形成率が対照群と比べて有意に増加した。特に II85F では、iSN04 によって健常者と同程度にまで筋分化が回復した。また、h35F および II85F 筋芽細胞において、iSN04 は筋分化抑制因子 myostatin の発現を有意に抑制した。さらに iSN04 は、II85F における IL-8 の発現を有意に抑制した。HG に曝露した C2C12 細胞では、NG 群と比べて MHC 陽性率と筋管形成率が有意に低下した。また、Palm を添加した h35M でも対照群と比べて MHC 陽性率と筋管形成率が有意に低下した。HG および Palm は、筋分化能の低下をもたらす独立した因子であることが示唆された。さらに iSN04 は、HG に曝露した C2C12 細胞の MHC 陽性率と筋管形成率を、Palm を添加した h35M 筋芽細胞 MHC 陽性率を有意に増加させた。また、Palm は IL-8 の発現を有意に増加させたが、iSN04 は Palm で誘導される IL-8 の発現を有意に抑制した。iSN04 は、T2DM、HG、Palm によって悪化する筋分化を有意に改善した。以上の結果から、iSN04 は糖尿病依存的な筋萎縮の治療薬の候補として有用であることが示唆された。
一方で、iSN04 の作用には個人差があることもわかった。iSN04 を治療薬として応用するために、その詳細な作用機序の解明を試みた。iSN04 や AS1411 を h35F に投与しても nucloelin の局在は変化しなかったが、MHC 陽性率と筋管形成率が有意に増加した。AS1411 が iSN04 と類似の作用を示すことから、iSN04 は nucloelin を阻害して筋分化を誘導することが明らかになった。ウエスタンブロッティングの結果、対照群と比較し、iSN04 および AS1411 投与群でともに p53 のタンパク質量が有意に増加していた。以上の結果から、iSN04 は nucleolin を標的とし、p53 の翻訳阻害を解除することで筋分化を誘導することが示唆された。
iSN04 は糖尿病に抑制される筋芽細胞の分化を改善した。iSN04 は、筋芽細胞を直接の標的とする糖尿病性筋萎縮の創薬シーズとして有用であることが示唆された。さらに本研究では、iSN04 の作用機序の一部を解明した。今後、nucleolin-p53 経路と iSN04 作用の個人差の関係を解明することで、治療薬としての有効性を高めていきたい。