マウス ES 細胞の心筋分化に伴う遺伝子発現に筋形成型オリゴ DNA が及ぼす作用
石岡美奈.
信州大学大学院 総合理工学研究科 農学専攻 先端生命科学分野.
Abstract
【目的】オリゴ DNA (ODN) は数十塩基の一本鎖 DNA であり、生体内に取り込まれると様々な働きを持つことが知られている。これまでに免疫応答を制御する ODN が報告されているが、先行研究において、乳酸菌 Lactobacillus rhamnosus GG のゲノム配列に由来する18塩基の ODN、iSN04 が筋芽細胞の分化を強力に促進することが報告された[1]。iSN04 はマウス、ヒト、ニワトリの筋芽細胞の分化を促進することが確認されている。さらに、発表者の専攻研究において、iSN04 がマウス ES 細胞及び iPS 細胞の心筋分化に作用することが判明した。しかしその効果は iSN04 を投与するタイミングによって異なり、分化誘導5日目に投与すると心筋分化が促進され、分化誘導4日目以前に投与すると心筋分化が抑制される。iSN04 の作用機序にはまだ不明な点が多いが、多能性幹細胞に対する時期特異的な作用を引き起こす要因を探ることで、iSN04 の分子メカニズムの解明につながると考えた。そこで本研究では、iSN04 を投与したマウス ES 細胞を定量的リアルタイム PCR 及び RNA シーケンスに供し、iSN04 依存的な遺伝子発現の変化を網羅的に解析した。
【方法】マウス ES 細胞株 hCGp7 を 3 cm のゼラチンコートディッシュに播種し、DMEM/10% ウシ胎児血清/5% ウマ血清で分化誘導した。分化誘導開始日を day 0 とし、day 3, 4 または 5 から 10 uM の iSN04 を投与した。Day 3, 4, 5, 6, 7 に RNA を回収し、定量的リアルタイム PCR 及び RNA シーケンスで遺伝子発現の経時的な変化を調べた。RNA シーケンスによって得られた転写産物量を FPKM で正規化し、iSN04 投与群で発現量が2倍または4倍以上変動する遺伝子群を抽出した。KEGG パスウェイ解析及び階層的クラスタリングを行い、iSN04 依存的に発現が変化する遺伝子産物の機能を分析した。
【結果】Day 5 から iSN04 を投与した iSN04(d5-) 群において、心筋前駆細胞のマーカーである Isl1 及び成熟心筋で発現する転写因子 Gata4、トロポニン T (Tnnt2)、ミオシン重鎖 (Myh6) の発現量は、コントロール (NC) 群に比べて day 7 で有意に増加していた。一方で、iSN04 を day 3 あるいは 4 から投与した iSN04(d3-) 群と iSN04(d4-) 群において、Isl1、Gata4 の発現量はいずれも NC 群と比較して有意な減少が見られた。
RNA シーケンスの結果、NC 群、iSN04(d4-) 群、iSN04(d5-) 群の3群において、有意に発現している (FPKM > 1.0) 遺伝子は13613個だった。NC 群と比較し、iSN04(d4-) 群または iSN04(d5-) 群において発現量が2倍以上異なる遺伝子群を KEGG パスウェイ解析した結果、心臓形成に関する遺伝子群に加え、Wnt シグナルに関する遺伝子群が有意なクラスタを形成した。さらに、NC 群、iSN04(d4-) 群、iSN04(d5-) 群の3群間で発現量が4倍以上異なる遺伝子を階層的クラスタリングした。NC 群、iSN04(d4-) 群、iSN04(d5-) 群で高発現する遺伝子群をそれぞれ HInc、HId4、HId5 と定義し、KEGG 解析を行った結果、HInc 群及び HId5 群において Wnt シグナルのクラスタが形成された。Wnt シグナルは β-カテニン経路及び β-カテニン非依存性経路に大別されるが、day 6 及び day 7 の HInc で形成された Wnt シグナルのクラスタにおいて、β-カテニン経路を制御する Cer1, Fzd10, Wnt3, Dkk1, Sox17, Wnt6 が共通して含まれていた。
【考察】本研究の結果、心筋関連遺伝子のほかに多くのWnt関連遺伝子の発現が iSN04 依存的に変動することが分かった。心筋形成において、β-カテニン経路は分化初期には心筋分化を促進し、分化後期には抑制する[2]。一方、β-カテニン非依存性経路は、心筋分化後期に活性化して分化を促進する[3]。RNA シーケンスにおいて、iSN04 投与後に β-カテニン経路を制御する遺伝子の発現抑制が見られたことから、iSN04 は β-カテニン経路の抑制に働き、day 4 においては心筋形成の阻害、day 5 においては心筋分化誘導に働いて時期特異的な作用を見せた可能性がある。iSN04 の作用機序にはまだ不明な点が多いが、Wnt シグナルとの関連が本研究で明らかにできた。分化過程において Wnt シグナルは複雑な機構で分化制御を行っているため、iSN04 が具体的にどの因子に影響しているのかは引き続き検討が必要である。今後さらに詳しい作用機序を明らかにすることで、iSN04 は、簡便に心筋細胞が作出できるオリゴ DNA として心臓再生療法への応用が期待される。
【参考文献】
[1] Shinji et al., Front. Cell Dev. Biol. (2021). 8, 616706.
[2] Naito et al., Proc. Natl. Acad. Sci. USA. (2006). 103(52), 19812-19817.
[3] Mazzotta et al., Stem Cell Rep. (2016). 7(4), 764-776.