筋形成型オリゴ DNA の作用機序の解析

筋形成型オリゴ DNA の作用機序の解析

進士彩華.

信州大学大学院 総合理工学研究科 農学専攻 先端生命科学分野.

Abstract

【目的】超高齢社会では、加齢性筋萎縮症 (サルコペニア) など骨格筋の減弱による運動機能の低下が大きな問題となっている。筋組織の恒常性は、筋芽細胞と呼ばれる骨格筋前駆細胞の増殖と分化によって維持されるが、加齢や疾患によって筋芽細胞の分化能は減弱する。したがって、筋分化を促進する分子は、筋委縮の予防や治療に資する食品・医薬品の有望なシーズとなることが期待される。

発表者は専攻研究において、筋分化を誘導する筋形成型オリゴ DNA (ODN) として、テロメア配列を有する18塩基の iSN04 を同定した。iSN04 は立体構造依存的に活性を発揮するが、アルカロイド分子ベルベリンを結合させると、その筋分化誘導作用がさらに増強される。iSN04 は、細胞内で標的タンパク質に結合することで筋分化を誘導すると考えられるが、その作用機序にはいまだ不明な点が多い。本研究では、iSN04 とベルベリン類の複合体形成、iSN04 を投与したヒト筋芽細胞における網羅的な遺伝子発現変化、および iSN04 結合タンパク質について詳細な解析を行った。

【方法】iSN04 とベルベリン類縁体 (ベルベリン、コプチシン、パルマチン、ジャトロリジン) を Ham's F-10 培養液中で混合し、アガロースゲル電気泳動およびエチジウムブロマイド染色に供した。紫外線照射で励起されるベルベリン類縁体の黄色蛍光を指標に、iSN04 との結合を検定した。また、iSN04 とベルベリンの結合における陽イオンの要求性を調べるため、iSN04 とベルベリンを HCl、NaCl、MgCl2、KCl、CaCl2、MnCl2、FeSO4、CuSO4 または ZnSO4 溶液中で混合し、複合体の形成を検定した。さらに、iSN04 とベルベリン類縁体の複合体をマウス筋芽細胞に投与し、ミオシン重鎖の免疫染色により筋分化促進作用を評価した。

純水または30 uM の iSN04 を24時間投与したヒト筋芽細胞から RNA を抽出し、RNA シーケンスによって、66,448 種の RNA 産物を定量した (各群 n = 3、計6サンプル)。FPKM により正規化したデータから、iSN04 投与群で発現量が1.5倍以上 (p < 0.05) 変動する 899 遺伝子を抽出し、オントロジー解析により遺伝子産物の機能を分析した。

iSN04 結合タンパク質を探索するため、iSN04 を固定した磁気ビーズで培養細胞の溶解液を沈降し、SDS-PAGE に供した。質量分析により、沈降によって分離されたタンパク質を同定した。

【結果・考察】iSN04 はベルベリンとコプチシンに強く結合し、パルマチンとは弱く結合したが、ジャトロリジンとは結合しなかった。このことから、ベルベリン類縁体の2位-3位間のメチレンジオキシ基が複合体形成に重要であることがわかった。iSN04 とベルベリンの混合物を筋芽細胞に投与した結果、ベルベリンとコプチシンは iSN04 の筋分化促進作用を同程度に増強したが、パルマチンによる増強は両者に比べて弱く、ベルベリン類縁体の iSN04 結合能と活性増強能は相関していた。また、iSN04-ベルベリン複合体は CaCl2 溶液中で強く形成され、MgCl2 溶液中で弱く形成されたが、他の陽イオン溶液中では検出されなかった。以上の結果から、ベルベリンと iSN04 の結合条件の一端が明らかになった。

RNA シーケンスデータを解析した結果、iSN04 依存的に発現が低下する遺伝子群には、細胞周期に寄与するクラスタが含まれていた。一方、iSN04 依存的に発現が誘導される遺伝子群からは、筋原線維タンパク質など筋分化に関わるクラスタが検出された。iSN04 の作用により、細胞増殖と筋分化を調節する遺伝子群の発現が広範囲に変動していることがわかった。iSN04 はまた、褐色脂肪細胞分化や TGF-β シグナルに関与する因子群も誘導することがわかった。以上の結果から iSN04 は、筋芽細胞の運命を決定する筋分化プログラムの最上流に作用していると考えられる。

ODN は Toll 様受容体 (TLR) を介して免疫系に作用することがよく知られている。筋芽細胞も TLR を発現しているが、iSN04 投与による TLR 関連遺伝子の発現変化は認めなかった。一方、既知の TLR リガンドである CpG 型 ODN やテロメア型 ODN は筋分化に影響しないことから、iSN04 の作用は TLR 非依存的であることが明らかになった。蛍光標識した iSN04 を筋芽細胞に投与すると、2時間以内に細胞内に取り込まれることから、iSN04 は筋芽細胞内のタンパク質に作用することで筋分化を促進していると考えられた。

iSN04 の標的を探索するため、iSN04 を固定したビーズで沈降したタンパク質を SDS-PAGE に供し、112 kDa のバンドを得た。質量分析の結果、このタンパク質はヌクレオリンであると同定された。抗ヌクレオリン抗体による免疫染色から、ヒト筋芽細胞の増殖・分化を通じてヌクレオリンは細胞核に局在することがわかった。また、ヌクレオリンは転写因子群と複合体を形成することで遺伝子発現を調節すること、筋芽細胞株 C2C12 におけるヌクレオリンの発現量が筋分化と相関することが報告されている。これらのことから、iSN04 は筋芽細胞におけるヌクレオリン依存的な遺伝子発現に作用することで、筋分化に影響していることが推測された。

今後、iSN04 の作用機序をより詳細に解明することで、筋芽細胞を標的とした筋疾患の予防や治療に資する核酸素材の開発につながることが期待される。