マウス多能性幹細胞の分化における筋形成型オリゴ DNA の作用
石岡美奈.
信州大学 農学部 農学生命科学科 動物資源生命科学コース.
Abstract
【目的】当研究室で同定された筋形成型オリゴ DNA: myoDN は骨格筋芽細胞の分化を促進するが、ES 細胞や iPS 細胞などの多能性幹細胞の分化における作用は不明である。多能性幹細胞は様々な体細胞へと分化するが、myoDN によって骨格筋への分化を特異的に誘導できるのではないかと考え、マウス ES/iPS 細胞における myoDN の効果を検討した。
【方法】未分化マーカー Nanog の遺伝子座に GFP をノックインしたマウス iPS 細胞株 20D17、心筋マーカー Nkx2-5 の遺伝子座に GFP をノックインしたマウス ES 細胞株 hCGp7 を、3 cm ディッシュまたは96穴プレートに播種し、分化誘導した。未分化状態または分化誘導3-7日目の細胞に 10 uM の myoDN を投与後、細胞を24時間毎に顕微鏡で観察した。また、細胞から RNA を回収し、リアルタイム PCR で遺伝子発現を定量した。
【結果】未分化な 20D17 細胞に myoDN を投与し、24および48時間後に Nanog-GFP 陽性のコロニー面積を定量した結果、対照群と比較して myoDN 投与群のコロニーは有意に小さかった。一方、未分化マーカー Klf4, Nanog, Pou5f1, Sox2 の発現量は対照群と myoDN 投与群で差はなく、myoDN は未分化な iPS 細胞の増殖を抑制するが分化は促進しないことが示された。
分化誘導5日目の 20D17 細胞に myoDN を投与すると、9-10日目には、骨格筋とは異なり自発的に拍動するコロニーが多数出現した。hCGp7 細胞を同様の方法で分化誘導した結果、myoDN 投与で出現する拍動コロニーは Nkx2-5-GFP 陽性の心筋細胞からなることがわかった。このことから、myoDN は ES/iPS 細胞の心筋分化を促進することが明らかになった。
次に、myoDN の投与時期を変えて分化誘導を行った。6または7日目から myoDN を投与しても心筋分化は亢進されなかったが、4または5日目から myoDN を投与した群では心筋分化が促進された。myoDN を分化誘導3日目から投与すると、対照群と比較して心筋への分化はむしろ抑制された。
【考察】myoDN が多能性幹細胞の骨格筋分化を誘導するという仮説とは異なり、myoDN はマウス ES/iPS 細胞の心筋分化に影響することがわかった。これは、多能性幹細胞の分化過程において、心筋系統が骨格筋よりも早期に出現するためだと推測される。myoDN は、マウス ES 細胞において分化誘導4-5日目に形成される心筋前駆細胞に作用し、心筋への分化を誘導したと考えられる。反対に、分化誘導3日目の ES 細胞に myoDN を投与すると心筋分化が抑制された。中胚葉形成の段階にある分化3日目においては、myoDN は心原性中胚葉への分化を阻害すると考えられる。多能性幹細胞の分化段階によって myoDN の効果が変化する現象は非常に興味深い。今後、遺伝子発現の網羅的解析などにより、myoDN の作用メカニズムや標的を明らかにしていきたい。