多様な筋肉の働きをつなぐメカニズム
高谷智英.
信州大学先鋭領域融合研究群バイオメディカル研究所.
信州大学農学部バイオサイエンス若手研究会第5回シンポジウム (伊那), 2015/12/21 (セミナー).
Abstract
私たちは心筋・平滑筋・骨格筋という三種類の筋肉を持つ。健康的な生活を送るには全ての筋肉の機能を保たねばならない。日本は世界一の長寿国だが、平均寿命と健康寿命の間にはなお十年の隔たりがある。社会の高齢化に伴い、心血管病に加え、寝たきりなどの運動器症候群も大きな問題となりつつある。心臓病は心筋、血管病は平滑筋、運動器症候群は骨格筋の疾患だが、これらの現象を「筋肉の病気」として全身的に理解し、総合的な予防策を講じることは、健康長寿社会の実現に不可欠である。
我々は、心筋の転写因子 GATA4 が心臓病を悪化させる機構を研究してきた。ストレスに曝された心筋では、補因子 p300 が GATA4 を活性化する。活性化 GATA4 は心筋遺伝子の発現を亢進し、最終的には心不全をもたらす。ウコンの成分クルクミンは p300 の作用を阻害することが知られている。心不全ラットにクルクミンを投与すると、p300 による GATA4 の活性化が阻害され、心不全の進行が抑制される。クルクミンには心臓病の予防効果があると期待される。
心臓病で予防を重視するのは心臓が再生しないからである。一方、骨格筋は強靭な再生能力を持つ。骨格筋が障害されると、衛星細胞と呼ばれる幹細胞が活性化して筋芽細胞となる。筋芽細胞は増殖しながら分化し、互いに融合して筋管を形成し骨格筋を再生する。我々は最近、骨格筋の再生過程において、GATA4 が筋芽細胞でのみ一過性に発現し、その増殖を促進して筋管への分化を抑制することを見出した。GATA4 を過剰発現する筋芽細胞は筋管を形成せず、GATA4 欠損マウスでは骨格筋の再生が悪化する。GATA4 の適切な発現調節が筋再生に必要なことがわかる。
心筋と骨格筋の双方で GATA4 が機能することから、心臓病と運動器症候群は必然的に連関しているのではないか、もし連関しているのなら効果的な予防も可能ではないかと考えている。私の過去の研究、現在の仮説、そしてこれから信州大学で展開したい仕事を、個人的な興味や関心も交えながら、できるだけわかりやすく紹介したい。